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早稲田学報2007年4月号「校友ABROAD」でハワイ稲門会が紹介されました。

「JALホノルルマラソン」と「ソニーオープン」― 常夏とアロハ精神のハワイから ―
ハワイ州人口の70%以上が集中するオアフ島は、「TheGatheringPlace(集いの場)」とも呼ばれます。そんなオアフ島にぴったりな、世界中から大勢の人が集まり、そして、地元の人達の間にもすっかり定着した、2つのスポーツイベントをご紹介します。
【JALホノルルマラソン】

12月初旬、夜明け前のまだ真っ暗なホノルルの空に、たくさんの花火が上がります。スタート地点のアラモアナ公園付近では、延々1キロを超える道路がランナー達で埋めつくされます。

昨年34回を数えた「JALホノルルマラソン」は、原則として全ての参加者がタイムに関係なく完走できます。タイムリミットや年齢制限のない市民マラソンです。

これが多くの日本人が参加する理由です。ちなみに、昨年の参加者は40カ国から28,635名、うち初マラソンが13,423名。日本からは、約600名増え、17,905名(63%)という多さだったとのこと。

車椅子の方々にもオープンになっていますし、10キロのコースをのんびりと楽しんでいる子ども連れのファミリーもいます。市民ランナーと世界のトップランナーが同じコースを走り、また有名人がいきなり隣にいるかもしれないのが、いかにもハワイらしい、この「JALホノルルマラソン」です。

マラソン
【ソニーオープン・イン・ハワイ】

sonyopen

1983年、青木功プロが日本人男子として初めて、アメリカP.G.A.トーナメントで優勝したハワイアンオープンをご記憶の方もいらっしゃると思います。最終日、ワイアラエカントリークラブの最終18番。チップイン・イーグルによる、劇的な逆転優勝でした。33回続いた「ハワイアンオープン」を引き継ぎ、9年前に「ソニーオープン・イン・ハワイ」になりました。

1月第2週に開催されるソニーオープンには、144名のプロゴルファーが参加しますが、日本そしてアジアの選手に世界のP.G.A.ツアーへ進出する道を開いています。

また、アマチュア選手にもチャンスを与えていて、初出場当時14歳だった地元ハワイの天才少女ミッシェル・ウィーも、そんなひとりです。

今年の大会で話題を独占したのは、16歳の地元ハワイの高校生、タッド藤川君でした。50年ぶりに、年少のアマチュアがプロゴルフトーナメントの予選を突破したと大騒ぎ。最終的には5アンダー(20位タイ)でしたが、 5フィート1インチ(155cm)と小さく初々しい高校生が平均でドライバーを290ヤード飛ばし、大きな大人のプロと互角以上に渡り合いました。柔道をマスターした日系4世と聞いて、また大きな拍手を送りました。

【ボランティアとアロハ精神】

「JALホノルルマラソン」は、約1万人におよぶボランティアのみなさんが支えているそうです。コースのあちらこちらで水やレモンをランナーに手渡す大勢のボランティア。それ以外にも、前日のテント設営、トイレの案内、急病人救護のための待機といった、本当に裏方の仕事をしているボランティアがたくさんいるのです。

「ソニーオープン」も1,600人におよぶ手弁当ボランティアの善意に支えられています。スコアボードを持ちゴルファーと一緒にコースを歩くのはメインで花形のボランティア。しかし、選手を空港で迎えたり(飛行機が遅れ、朝4:00amまで空港で待機した人も)、プロゴルファーの子供達のベビーシッターをしていてプレーが見られなかったり、といった縁の下のボランティアも多いのです。また、ボランティアに参加するためにわざわざ米国本土から飛行機で来る人も、毎年400人位います。本当に頭が下がります。

“ALOHA”は、ハワイの5つの言葉(思いやり・調和・柔和・謙虚・忍耐)の頭文字からなり、ハワイの人々が代々受け継ぎ、そして大切に育んできた文化です。ハワイのボランティアのみなさんが楽しみながらイベントを盛り上げることができるのは、人々の心に、このアロハ精神が流れているのだと私は思います。そして、どなたでも受け入れる寛大な心も、このアロハ精神からきているのではないでしょうか。

私は今、世界中からたくさんの人が集まるスポーツイベントが、このハワイで長く続いているという幸せをかみしめています。「JALホノルルマラソン」と「ソニーオープン」が、アロハ精神を大切にし、これからも一層発展していくことを願っています。

皆様も、このアロハ精神に触れるために、是非ハワイにお越しください。そして、12月の「JALホノルルマラソン」に参加しませんか?ハワイ稲門会では、ハワイ三田会と合同で、折り返し地点で応援しています。

アロハ! そして、マハロ(ありがとうございます)!!

坂井 諒三(1970年商学)
(略歴)
元・(株)ソニーハワイ社社長。大学卒業後ソニーに入社。36年のサラリーマン生活を経て、2006年ソニーをハワイで定年退職。サラリーマン生活36年のうち31年は海外(北米)駐在という海外派。ソニー創立者 井深・盛田氏の行動を直接知る立場にあった。現在はR.SAKAICOMPANYの社長としてハワイに住み、ハワイと日本のための総合コンサルタント業を行う一方、引き続きソニーオープンにも関わっている。ハワイ日米協会理事。家族は妻と長男・次男。趣味はゴルフ。
出典:早稲田学報2007年4月号「校友ABROAD」